どんぐり君とおにぎり君のママの読書日記

2男の母の読書日記です。最近は小説中心です。

竹信三恵子さん、「家事労働ハラスメント」を読みました。~家事はなぜ正当に評価されないのか~

竹信三恵子さんの「家事労働ハラスメント」を読みました。

 

 

著者について、本書について

本書は雑誌に連載された、「家事神話~女性の貧困の影にあるもの」という連載が土台になったものだそうです。
竹信さんは元朝日新聞社の記者で、ジャーナリストです。
本書のはじめに、には著者自身のバックグラウンドが書かれています。
著者が小さいころ、著者のお母さまはシングルマザーだったそうです。
お母様は、仕事と家事とでいつも疲れているように見えた、という印象が書かれています。
著者は大学卒業後、新聞社に就職し、忙しく働く日々をスタートさせました。
そして、同じ会社の方と結婚されます。
お母様を通じて、女性だけが家事を担うことの理不尽さをよくわかっていた著者は、結婚前に夫となる人に確認します。

料理や子供との付き合いが嫌でないか。

著者は夫にも家事の負担を分け持ってもらおうと考えていたのです。
しかし、同じ新聞社で働いていた旦那様は朝早くに出かけ、深夜に戻るような部署に配属され、家にいる時間は殆どありません。
また、竹信さん自身も仕事が忙しく、息子さんの育児は、お母様に任せることもあったようです。
早く帰りたいと言うと、「だから女は」と陰口を叩かれるような職場で遅く帰宅する日々。
それでも家では高度な料理や子供のための手芸など煩雑さの増えた家事が、求められます。
なぜこんなに働きにくいのか。
そして、周りを見渡せば、似たような状況の女性がいます。
やがて、竹信さんは知ります。

  • 労働には、有償労働(ペイドワーク)と無償労働アンペイドワーク)の二つがあるということ、
  • どちらも重要な対等な労働なのに、女性だけが無償労働を担うことになっている結果、女性は経済力を失い、社会的発言力を削がれてしまうこと、
  • そのような事態を防ぐために、無償労働と貧困の関係を調べる統計の整備が必要であること。

本書は無償労働である家事労働が、労働時間などの設計から外され、家事労働に携わる働き手を尊重したものではないものとなっている問題を、実際に問題に直面する様々な人にインタビューしつつ、指摘するものです。

以下、衝撃的事実について、メモしておきます。

なぜか家事に関連する労働は無償労働となったり、「主婦でもできる」仕事とみなされる

印象的だったのは、東日本大震災の避難所の出来事です。
中には女性被災者だけが避難所の食事作りを任されていた例があったそうです。
男性被災者は瓦礫処理などの労働に出かけて行きますが、これには賃金が支払われます。
なぜ女性が無償の食事作りを引き受け、男性がお金を貰える仕事に出ていくのか。
不満が出たそうです。

育児休業取得率のカラク

厚生省の調査では、女性の育児休業取得率は2011年には87.3パーセントとなっています。
かなり数字高い数字と思われる方も多いのではないでしょうか。
これは妊娠がわかってもやめずに働き続けた人のうちの9割が育休をとったということに過ぎず、出産前に仕事を辞めてしまった半数起こす女性たちは、そもそもカウントに入っていないのです。

パートの時給は最低賃金レベルだが、不満が出ないわけ

最低賃金レベルで週40時間1年間働くと、年収はちょうど130万前後となります。
このラインを越えてしまうと保険料を支払わなければならないため、パート主婦からは賃上げを求める声が上がりません。
法制度によってうまく丸め込まれてしまっているのです。
ワーキングプアとは、週40時間の法定労働時間目いっぱい発売ても経済的自立が難しい働く貧困者を指します。
その根っこには、夫がいるから食べられない型賃金でもいいとされてきた女性たちの存在があるのです。

感想

我が家は共働き。
子どもができてからこれまでの間、家事・育児について数えきれないほどもやっと感を感じてきました。
その原因のひとつは、家事労働が見えにくいからであり、社会と、そして夫と、さらに私とが固定観念に染まっている部分があるからではないかと考えらせられました。
引き続き、著者の本、そして、働き方の本、読んでみたいと思いました。

 

 

 

アイデンティティ経済学と共稼ぎ夫婦の家事労働行動

アイデンティティ経済学と共稼ぎ夫婦の家事労働行動

 

 

 

 

辻村深月さん、「ぼくのメジャースプーン」を読みました。

辻村深月さん、ぼくのメジャースプーンを読みました。

 

ぼくのメジャースプーン (講談社文庫)

ぼくのメジャースプーン (講談社文庫)

 

 

主人公は小学4年生のぼく。
同じクラスには、ふみちゃんという女の子がいます。
ふみちゃんは本を読むのが大好き。
本で得た知識を現実のものと結びつけることができる、とても物知りな女の子です。

この年頃の女の子はクラスの中で特定の仲良しグループを作りがちですが、ふみちゃんは、特定の仲良しのグループには所属していません。
同じグループの子で喧嘩してしまった女の子は、一人で過ごすのに困った時にはふみちゃんに助けてもらいます。
でも、喧嘩が収まれば元のグループに戻ります、ふみちゃんにちょっと後ろめたそうな背中を向けて。
ふみちゃんは静かに笑顔でその背中を見送ります。

ぼくはそんなふみちゃんをすごいと思っていて、親しみを感じています。
ある時、ふみちゃんと僕を残酷な事件が襲います。
ふみちゃんはその事件をきっかけに心を閉ざし、言葉を失います。
ぼくは不思議な力でふみちゃんを救おうとします。
ぼくは不思議な力の師匠である大学教授、秋先生の元に通いカラについて勉強し、犯人に復讐を試みようとします。
果たして僕の復讐計画は成功するのでしょうか、そしてふみちゃんは救われるのでしょうか。

後半の犯人にどう復習すべきか、秋先生と議論するところ、考えさせられます。

ぼくの不思議な力は、この力で犯人にいかような苦痛を与えることもできるという設定にするために準備されたものなのでしょう。
復讐をテーマに扱った小説や映画は多いと思いますが、この設定のもと、どんな復讐をすれば気が済むか、を考えることはとてもリアルです。
悲惨な故意の事故に巻き込まれた人が幸せになるためにはどうすれば良いか、という問題をここまで具体例を挙げて議論したものは初めて見ました。
犯人に冷酷なまでに冷たくする案や、もうそのことはすっぱり忘れてしまうという案、両方とも納得できてしまいます。
自分がと被害者とどういう関係であるかによって答えが変わってしまうところも、人間のエゴならではなのだと思いしらされました。
復讐とか仕返しについて考えてしまった時に、本書の僕と秋先生のやり取りをもう一度読み返してみたいと思いました。

ふみちゃんがかっこいい

大人になって振り返れば、小学生の頃の女の子の仲良しグループは、なんということほどのこともないこと、他愛もな一時的なものかもしれませんが、小学生にとってはそれが生活のすべてと言っても過言ではありません。
その中で、嫌われるのではなく、尊敬され、1匹オオカミを貫けるふみちゃんがかっこよすぎます。
そのすごさとふみちゃんの弱さを見抜いた僕もすごい!
ふみちゃんの言葉がもどり、2人がもっと親密な関係になっていければいいなと思いました。

ネタばれ~他の作品との関係について~

2人のその後が知りたい場合は、名前探しの放課後をおすすめします。
一見わからないようになっていますが、どこかに彼らが登場します。

 

名前探しの放課後(上) (講談社文庫)

名前探しの放課後(上) (講談社文庫)

 

 


そして、凍りのくじらとも、登場人物が重複しているようです。
このあたりはまとめて読むと楽しめますね!

 

凍りのくじら (講談社文庫)

凍りのくじら (講談社文庫)

 

 

人気が高いだけあって、本当に一気に読ませ、無理なく考えさせられる、面白い作品でした。

辻村深月さん、「盲目的な恋と友情」を読みました。

辻村深月さん、「盲目的な恋と友情」を読みました。
辻村深月さんガンガン、読んでおります。

 

盲目的な恋と友情 (新潮文庫)

盲目的な恋と友情 (新潮文庫)

 

 

ストーリー

本書は恋と友情という二章から成り立っています。

「恋」では、タカラジェンヌの母を持つ一ノ瀬蘭花ちゃんと、オーケストラの指揮者である茂実星近との恋愛が描かれています。
欄花は、ある大学のオーケストラに所属するバイオリン奏者。
成実はそのオーケストラの指揮を務める指揮者です。
欄花がオケに入った当時、成実は3年生の高嶺の花、稲葉先輩と付き合っていましたが、稲葉先輩は稲葉先輩が社会人になってから別れてしまいます。
フリーになった成実は、飲み会で欄花に声をかけます。
今まで本当に付き合ってみたいと思う人に出会った経験がなかった欄花は、茂美との恋愛に溺れていきます。
素敵なプレゼントをもらったり、華やかなパーティーにに連れて行ってもらったり、欄花は茂美と恋愛の渦中でしか味わえない甘美な時間を過ごします。
しかし、そんな欄花に稲葉先輩は気になる言葉を残します。
「もう、菜々子さんには会ったの?」

付き合いが進むにつれて、菜々子さんの正体が明らかになります。
そして、奈々子さんと茂実の関係によって、茂実の指揮者としての未来も崩れ去ります。
そんな茂実に振り回される欄花。
欄花を心配する留利恵。
恋愛の章は思いがけぬ事件で幕を閉じます。
そして始まる友情の章では、欄花の恋愛物語の影で進行していた留利恵の友情物語が明らかになります。

感想

前半の恋愛はまさに「盲目的」です。
第3者の目から見れば、欄花が茂実と別れた方がいいことは明らかです。
欄花の友人である美波は欄花にはっきりそれを伝えます。
対照的に留利恵は欄花に共感し、見守ります。
欄花はなんとここちよかったことでしょう。
恋愛は誰にとってもある意味盲目的なものであるかもしれません。
そこはありふれてさえいるように感じます。
一方の盲目的な友情には稀有さ、崇高さを感じました。
欄花は素直で美しい魅力的な女の子です。
そんな欄花への留利恵の想いは、少し度を越してはいますが、一部で共感しました。
そして、欄花との友情が実ってほしいと思いました。恋愛を見守るように。
前半の恋愛もさることながら、後半の友情が濃いです。
むしろ、前半の恋愛は後半の友情を描くためにあったのかもしれません。
他の、辻村さんの作品とは一風変わった作風の作品でした。

 

盲目的な恋と友情 (新潮文庫)

盲目的な恋と友情 (新潮文庫)